IFRS中小企業版 第2章概念及び全般的な原則
今回は第2章概念及び全般的な原則についてみていきたいと思います。
IASBの目的に基づくIFRSの意義
IASBの目的
固い表現の日本語ではありますが、以下のように規定されています。
(a) 公益に資するよう、明確に記述された原則に基づく、高品質で理解可能な、強制力のある国際的に認められた会計基準の単一のセットを開発すること。これらの基準は、財務諸表及びその他の財務報告において、高品質で透明性があり、かつ比較可能な情報を要求すべきである。それにより、投資者、世界中のさまざまな資本市場の参加者及び他の財務情報の利用者が経済的意思決定を行うのに役立つものとするためである。 (b) それらの基準の利用と厳格な適用を促進すること (c) 上記(a)及び(b)に関連した目的を遂行するにあたり、必要に応じて、さまざまな経済環境における広範囲な規模及び種類の事業体のニーズを考慮すること (d) 国際財務報告基準(IFRS)(すなわち、IASBが公表する基準及び解釈指針)の採用を、各国会計基準とIFRSとのコンバージェンスを通じて、推進し促進すること |
IFRSの意義
IASBの目的を達成するためにIFRSが開発及び公表されるものとされ、そこでは、一般目的財務諸表において重要な取引及びその他の事象や状況を対象とした認識(recognition)、測定(measurement)、表示(presentation)及び開示(disclosure)の要求を示すものであるとされています。
以上より、IFRSとは、企業の利害関係者の経済的意思決定に有用な情報(一般に財務諸表)を作成するに際して、取引及び事象の認識、測定、表示、開示方法を示すものといえるでしょう。
ここで、表示(presentation)の概念は、日本の伝統的な会計の基準の中ではあまりなじみのないものですが、むしろ、一般的な用語としての「プレゼンテーション」として理解できるといえるでしょう。つまり、どれだけ本質的に有用な情報であったてしてもその伝え方が悪ければ、有用な情報足りえないことから、情報をどのように伝えるのか(情報の頻度や範囲等も含めて)についても規定を設けているといえます。
概念及び全般的な原則の構成
有用な情報が財務諸表であること、言い換えれば、財務諸表に含まれる情報が有用な情報であるためにはどのようなものであるべきかを、ここでの概念及び全般的な原則といえるでしょう。その構成は以下のようになっています。
①財務諸表の目的
財務諸表の目的は、利用者の経済的意思決定に有用な情報を提供することであります。
②財務諸表に含まれる情報(有用な情報)の質的特性
目的に照らして、有用な情報とはどのようなものであるべきとして、以下が示されています。
理解可能性
目的適合性
重要性
信頼性
実質優先
慎重性
完全性
比較可能性
適時性
便益とコストとの均衡
過大なコスト又は労力
③財務諸表にかかわる全般的考え方
財務諸表にかかわる全般的概念及び原則が示されています。
財政状態とは
資産、負債、持分
業績とは
収益、費用
認識及び測定
認識
測定
認識及び測定にかかわる一般的原則
発生主義
財務諸表における認識
当初測定
事後測定
相殺
概念及び全般的な原則の内容
①財務諸表の目的
財務諸表の目的は、特別の情報を要求することのできない立場にある広範な利用者の経済的意思決定に有用な情報を提供することであり、企業の財政状態、業績及びキャッシュ・フローに関する情報とされています。
同時に、経営者の受託責任を説明するものでもあるとされています。
②財務諸表に含まれる情報(有用な情報)の質的特性
ここでは、財務諸表に含まれる情報としての有用性にかかわる質的特性を多数の観点から定めています。
理解可能性(Understandability)
財務諸表において提供される情報は、事業・経済活動及び会計に関して合理的な知識を有し、また合理的に勤勉な態度をもって情報を研究する意志を有する者が理解できるような方法で表示しなければならない。しかし、理解可能性の要求は、利用者にとって難解すぎるかもしれないという理由で関連情報の省略を認めるものではないとされています。
ここでは、有用な情報であっても理解できなければ意味のないものであることが示されているといえるでしょう。また、一般大衆ではなく、一定の専門家による利用を前提して、分かりやいものであることが要求されており、ともすれば専門的になりすぎる傾向を抑えるものといえるでしょう。
但し、実際には、既に難解である情報についても、今後もより量的、質的に専門的情報となっていくことは避けられないものともいえるでしょう。
目的適合性(Relevance: 関連性)
財務諸表で提供される有用な情報は、利用者の意思決定のためのニーズと関連性を有するものでなければならないことが示されています。関連性とは、過去、現在又は将来の事象についての利用者の評価、または過去に行った評価の確認または是正に資することによって、利用者の経済的意思決定に影響力を行使することができることをいうものとされています。
ここでは、財務諸表に含まれる情報を選択するために、そこに表示される経済的意思決定に有用な情報にかかわり、経済的意思決定とはどのようなものなのかが示されています。
重要性(Materiality)
重要性とは、その脱漏又は誤表示が、財務諸表を基礎として行う利用者の経済的意思決定に影響を及ぼす(これにより目的適合性を満たせない)ことを言います。重要性は、脱漏又は誤表示について、その取り巻く状況を前提に、定量的、定性的に判断されます。
ただし、企業の財政状態、財務業績又はキャッシュ・フローの恣意的表示のために、重要性がない脱漏又は誤表示を放置することは認められないとされています。
ここでは、財務諸表に含まれる情報を選択するためも質的、量的判断基準とはどのようなものなのかが示されています。
信頼性(Reliability)
信頼性とは、表示する、又は表示されることが合理的に期待される事象について、重要な誤謬や偏りがなく、正確に反映されることをいいます。
特定の結果又は効果をもたらすために、情報を選択し又は表示することにより、意思決定又は判断の行使に影響を与えようとすることは、偏りがないといえないものとされています。
実質優先(Substance over form: 形式より実質の重視)
取引及びその他の事象や状況は、単に法的形式に従うのではなく、その実質に即して会計処理し、表示しなければならないとされ、これにより財務諸表の信頼性がより担保されるとされています。
慎重性(Prudence: 保守性)
多くの事象や状況を不可避的にとりまく不確実性は、その性質及び程度の開示、及び、財務諸表の作成に際する保守性の採用により受容されるべきものとされています。
保守性は、不確実性の状況下での見積りにあたって必要とされる判断に際して、資産又は収益の過大表示、または、負債又は費用の過小表示とならないように、慎重性を要求することとされています。
ここでも、保守性の行使によって、恣意的に資産若しくは収益を過小に表示すること、又は、負債若しくは費用を過大に表示することは容認できない、すなわち、保守性による偏りを認めるものではないとされています。
完全性(Completeness:網羅性)
信頼性担保するために、財務諸表における情報は、重要性とコストの制約範囲内において、網羅性を有するものでなければならないとされています。
(網羅性を有しない)脱漏は、虚偽又は判断を誤らせることにより、信頼性及び関連性を損なう可能性を有するものとされます。
比較可能性(Comparability)
財務諸表における情報を有用なものとするためには、個別企業について各期を通じた比較を可能とし、さらに、異なる企業との比較を可能とするものでなければなりません。したがって、類似する取引及びその他の事象や状況についての財務的影響の測定及び表示は、同一企業内において各期を通じて、さらに多くの企業間においても一貫した方法で行われなければならないものといえます。
これに加え、採用した会計方針及びその変更及並びに影響に関する情報は提供されなければならないとされています。
適時性(Timeliness)
財務諸表で提供される情報は、利用者の意思決定に有用であることすなわち関連性を有するものとされており、ここで、経済的意思決定に有用であらしめるには、要求される意思決定期間内に情報を提供するという適時性が求められます。
他方で情報の信頼性を担保するには時間を要することになります。
従って、情報の関連性と信頼性のそれぞれについて相対的便益の均衡を図る必要が発生すること考えられることから、これらの均衡を図るにあたって優先されることは、利用者の経済的意思決定を行う上でのニーズをいかに満足させるかであることが示されています。
便益とコストとの均衡(Balance between benefit and cost)
情報による便益は当該情報を提供するためのコストを上回るものでなければならないとされています。
ここでは、便益とコストの評価は、本質的には判断のプロセスであるとされ、さらに、コストは、必ずしも便益を享受する利用者のみが負担するものではなく、また情報の便益はしばしば広範な外部利用者によって享受されるものとされています。
例えば、財務報告の情報により、資本の提供者はより良い判断を行うことができ、その結果として資本市場がより効率的に機能し、経済全体として享受される資本コスト低減も便益の一つと考えられるとされています。
過大なコスト又は労力(Undue cost or effort)
過大なコスト又は労力による免除が、一部の規定について設けられており、当該免除は、それ例外の規定に適用してはならないことが示されています。
過大なコスト又は労力に該当するか否かについては、その具体的状況や、当該情報を有しないことによる利用者の経済的意思決定への影響をもとに判断されなければならないとされています。
ここでは、中小企業には大衆利害関係者が存在せず、その判断は公的説明責任企業よりも簡素なもので足りると考えられます。
また、企業結合に基づく無形資産の評価を除き、過大なコスト又は労力の免除を適用する場合には、企業はその旨及び当該要求事項を適用すると過大なコスト又は労力を伴うであろう理由を開示しなければならないとされています。
財務諸表にかかわる全般的考え方
以下の区分による説明がなされています。
財政状態とは
資産、負債、持分
業績とは
収益、費用
認識及び測定
認識、測定
認識及び測定にかかわる一般的原則
発生主義
財務諸表における認識
当初測定
事後測定
相殺
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財政状態
財政状態計算書に示される、資産、負債及び持分の関係とされ、それぞれの要素は以下のように定義されています。
①資産
資産とは、過去の事象の結果として企業が支配し、かつ、将来の経済的便益が当該企業に流入すると期待される資源をいう。
ここで、将来の経済的便益とは、企業への現金及び現金同等物の流入に直接的に又は間接的に貢献する潜在能力とされ、この考え方は、減損の処理等を含め資産の考え方の根底に横たわっています。
②負債
負債とは、過去の事象から発生した企業の現在の債務で、その決済により、経済的便益を有する資源が当該企業から流出することが予想されるものをいう。
法的債務と推定的債務のいずれの場合もあり、債務の決済方法としては、資産の流出に加え、サービスの提供、ある債務から他の債務への交換、債務の持分への転換が含まれます。また債債権者がその権利を放棄し、又は喪失するなどのその他の手段で消滅することもあります。
③持分
持分とは、企業のすべての負債を控除した後の資産に対する請求権である。
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業績
業績は、ある報告期間における企業の(広義の)収益(income)と費用の関係とされ、それぞれの要素は以下のように定義されています。
①(広義の)収益(income)
(広義の)収益とは、資産の流入若しくは増価又は負債の減少の形をとる経済的便益の増加であり、所有者からの出資に関連するもの以外の持分の増加を生じさせるものをいう。
(a) 狭義の収益は、広義の収益のうち、企業の通常の活動の過程において発生し、売上、報酬、利息、配当、ロイヤルティー及び賃貸料を含むさまざまな名称で呼ばれている。
(b) 利得は、広義の収益の定義を満たすが狭義の収益ではないその他の項目をいう。
②費用
費用とは、資産の流出若しくは減価又は負債の発生の形をとる経済的便益の減少であり、所有者への分配に関連するもの以外の持分の減少を生じさせるものをいう。
(a) 企業の通常の活動の過程において発生する費用には、例えば、売上原価、賃金及び減価償却費などがある。費用は、通常、現金及び現金同等物、棚卸資産、有形固定資産などの資産の流出又は減価の形をとる。
(b) 損失は、費用の定義を満たすその他の項目で、企業の通常の活動の過程において発生し得るものである。
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認識及び測定
それぞれの概念について、以下のように説明されています。
①認識
認識とは、資産、負債、収益及び費用の定義を満たし、かつ、以下の認識規準を満たす項目を、財務諸表に組み入れるプロセスをいう。
(a) 当該項目に関連する将来の経済的便益が、企業に流入するか又は企業から流出する可能性が高く、かつ、
(b) 当該項目が信頼性をもって測定できる原価又は価値を有している場合
②測定
測定とは、企業が財務諸表上の資産、負債、収益及び費用を測定するに当たり、その金額を決定するプロセスをいう。
それぞれの資産、負債、収益及び費用について、使用すべき測定基礎が規定されているが、一般的な測定基礎として、取得原価と公正価値がある。
(1)取得原価
資産については、取得時に支払った現金若しくは現金同等物の金額又は提供した対価の公正価値。
負債については、取得原価は、債務発生時に債務との交換によって受け取った現金若しくは現金同等物の金額又は受け取った非現金資産の公正価値。
償却原価については、過去に費用又は収益として認識した一部を加減した取得原価。
(2)公正価値
公正価値は、独立第三者間取引において、取引の知識がある自発的な当事者の間で、資産が交換され、又は負債が決済され得る金額である。
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認識及び測定にかかわる一般的原則
それぞれの資産、負債、収益及び費用について、原則が示されているが、一般的な原則としては以下のようなものがあります。
①発生主義
発生主義においては、資産、負債、資本、収益及び費用の各項目は、それぞれの項目の定義と認識規準を満たした時に認識される。
(1)資産
将来の経済的便益が企業に流入する可能性が高く、かつ、信頼性をもって測定できる原価又は価値を有する場合に、財政状態計算書に認識する。
偶発資産については、資産として認識してはならず、将来の経済的便益の流入がほとんど確実な場合は、関連資産は偶発資産としてではなく、資産として認識する。
(2)負債
次の場合に、認識する。
(a) 企業が過去の事象の結果として報告期間の末日現在で債務を有しており、
(b) その決済において企業が経済的便益を有する資源の移転を要求される可能性が高く、かつ、
(c) 決済金額が信頼性をもって測定できる。
企業は、企業結合における取得企業の偶発負債を除き、偶発負債を負債として認識してはならない。
(3)収益及び費用
収益及び費用の認識は、資産及び負債の認識及び測定の直接の結果である。
収益については、資産の増加又は負債の減少に関連する将来の経済的便益の増加が生じ、費用については、資産の減少又は負債の増加に関連する将来の経済的便益の減少が生じ、かつ、それぞれついて、信頼性をもって測定できる場合に、認識する。
(4)包括利益合計及び純損益
包括利益合計は、収益と費用の間の算術的差額であり、純損益は、収益及び費用のうち、その他の包括利益項目に分類される収益及び費用以外のものの算術的差額である。
これらは財務諸表の個別の構成要素ではなく、個別の認識基準は必要ない。
②測定
当初測定においては、特段の測定基礎が要求されている場合を除き、資産及び負債を取得原価で測定しなければならない。
事後測定においては、以下のように規定されている。
(1)金融資産及び金融負債
基礎的金融資産及び基礎的金融負債を、減損控除後の償却原価で測定する。
ただし、上場されているか又は公正価値を、過大なコスト又は労力を掛けずに信頼性をもって測定できる非転換型優先株式及び非プッタブル普通株式又は優先株式については、公正価値で測定する。
一般的に、他のすべての金融資産及び金融負債については公正価値で測定する。
(2)非金融資産
(a) 有形固定資産
減価償却累計額及び減損損失累計額控除後の原価と、回収可能価額のいずれか低い方の金額(原価モデル)、又は再評価額と回収可能価額のいずれか低い方の金額(再評価モデル)で測定する。
(b) 棚卸資産
取得原価と完成及び販売までのコスト控除後の販売価格のいずれか低い方の金額で測定する。
(c) 使用又は販売目的で保有している非金融資産に関する減損損失を認識する。
(3)公正価値での測定を許容又は要求されている非金融資産
(a) 関連会社及びジョイント・ベンチャーに対する投資
(b) 投資不動産。
(c) 農業資産(生物資産及び収穫時の農産物)。
(d) 企業が再評価モデルに従って測定する有形固定資産。
(4)金融負債以外の負債
報告日現在で債務を決済するために必要とされる額の最善の見積りで測定される。
③相殺
原則として、資産と負債、又は収益と費用を相殺してはならない。
但し、資産を評価性引当金控除後で測定することは相殺ではなく、投資や非流動資産の処分による利得又は損失については、処分代金から当該資産の帳簿価額と関連する販売費を差し引いて報告する。